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仏教教室シリーズ⑦八正道(3)


これは毎月の満月写経で行う10分仏教勉強講座の内容を保存したものです。生で聞きたい人は写経会にご参加ください。お待ちしています。


今日の仏教教室は八つある八正道も最後の二つとなりました。今までの6つは憶えていますか?(無反応)

この無反応は「記憶にございません。」ですね! おさらいしましょう。

(ホワイトボードに書き書き)

1.正見(正しく見る)

偏見や思い込みで物事を見るのが、あたりまえになっているのが人です。皆さんは、外国人がいたら、ニュースで聞いたことを鵜呑みにして先入観をもって見ていませんか?昨日、刑務所を出てきた人がいたら、イコール悪い人だと思いませんか?高学歴や有名な会社に勤めていれば、優秀な人だと思い込んでいませんか? どれもこれも、実際に自分の目で確かめていないのに、偏って思い込んで事実を見ていませんね。ちゃんと自分の偏見のない目で見る、これが八正道の最初にくる正見です。


2.正思惟(正しく考える)

人には三毒が必ず備わっています。貪瞋痴の三毒は生まれたときに既に持っているものです。貪は欲しがる心です。欲と言われるものですが、何でも欲しがる心が正しく考えることを妨げますので、欲を離れた思考ができることが必要です。同じように、瞋は感情的に怒る心です。怒りは正しい判断を妨げて、正しい思考を奪います。多くの場合にトラブルの原因になっていますね。 そして痴はバカで愚かな心ですが、本来あるべきところに向かわない愚かな心、それは時には嫉妬をおこし、時には人の不幸を喜んだりし、因果の法則の中で人を不幸にします。正しく考えるとは、三毒を捨て、執着を離れて物事を考えて、判断できることです。


3.正語(正しい言葉を使う)

正しい言葉を使うというのは具体的には、不妄語=嘘をつかない、不綺語=お世辞や心にもないことを口にしない、不悪口=人の悪口を言わない、不両舌=2枚舌を使わない。

これらは十善戒の中にある口の戒めですが、これらを守ることが正しい言葉で話すということになります。


4.正業(正しい行いをすること)

正しい行いとは何のことでしょう。身体の行いであり、十善戒にある「不殺生」無益な殺生をしない、「不偸盗」人のものを盗まない、「不邪淫」愛のないセックス、不倫のセックスを行わない。これらを守り悪い行いをしないことにより、人を不幸に陥れたりすることなく、皆が調和して信頼と安心の下で生きることができます。不信感や不安の中では健全に生きることができないのはあたりまえのことですよね。


5.正命(正しい生活をする)

命というのは生活のことです。戒律を守り生きること、規則正しい生活をすることが正しく生きる正命です。夜は寝て、朝は起きる。現代では、この生活の基本すらもできないような忙しく、デジタル浸食されています。正しい生活は精神を整え、正しい考え、正しい行動へと、自身を幸福へ導きます。


6.正精進(正しく努力をする)

正しい努力ですから、自他ともに幸せに向かう努力でなければなりません。

例えば、詐欺の腕を上げるために努力するとか、いじめのために知恵を絞るとか、論外ですね。家族の幸せのために一所懸命に働くとか、毎日ひとつの善を行うようなルーティンを持つとか、大きなことでなくても日々の生活の中に少し精進を取り入れれば、やがて小さな波動は人生の全体に及ぶようになります。


さあ、ここからが今日の部分です。


7.正念(正しく信念を持つ)

さて、皆さんは”生きる目的は何ですか?”と聞かれたならば、何と答えますか?

さあ、いかがでしょう?

思わず言葉に詰まってしまいます。

どうやら昔の人は、このテーマについてかなり考えたようです。

古代ギリシャの哲学者は、肉体的快楽こそ生きる目的といい

ユダヤ教では神のために生きることが生きる目的と説き

アインシュタインをしても、生きる目的は分からないといい

おそらく

芥川や太宰などの物書きの人たちは、考えすぎて死を選んだのかもしれません

とにかく、生きる目的というテーマには明快な答えを与えることが、とてもむずかしいようです。

では、仏教はなんといってるのでしょう?

お釈迦様は


「人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く。この身今生に向って度せずんば、さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん。」


と言っています。どういう意味かというと


「人として生まれることは、とても稀なことなのに、今、人として生まれるなんて、なんて嬉しいことでしょう。得難い大宇宙の教えに、今、御縁を持つことができた。何てラッキーなのでしょう。何が何でも今回の命で救われねば、次は救われるときは来ないかもしれない。」


という意味です。

仏教の根底には輪廻とい基礎があります。ミトコンドリアみたいなのから始まり、気が遠くなるように繰り返される輪廻転生のなかで、多くの命の中から人間に生まれることができた!文化や愛や慈しみを持つ人間に生まれることができた!もう、喜びでいっぱいです。

つまり、生きてきていなければ到達できない、前世までに徳の多き時を過ごしてきたからこそ、人の命を授かった。

そうです。生きる目的は人として生まれる時点で達成されているのです。

せっかく人として生まれてきたのだから、このうえは大宇宙の真理たる仏教を吸収して、さらに先、徳を積むような、人を救けるような存在へと向かっていこうではないか、というのが仏教なのです。


つまり、達成された目的のさらに上で、大切な人間としての命を燃やすことこそ生きる目的なのだ。と説いています。

このような道に向かうことは、なかなかに根性のいることです。

まさに、信念をもって生きなければなりません。

つまり、正しい信念を持つとは、仏の教えに沿って生きることにブレないということです。


8.正定(正しく心を静め集中する)

八正道の八番目は八正道を実践をするために必要なことで、全てに関係するものです。

前述の1.~7.を実践するには、とにかく心が必要です。

いわゆる、禅定を求め、心が穏やかに集中できる状態で挑みなさい。

ということになります。


なかなか、難しいように聞こえますが、一つ一つを繰り返し繰り返し意識して、日々の生活に取り入れてください。


これが中道の具体的求め方である八正道です。

八正道の実戦により悟りに至ると言われています。

さらに先である成仏するには???と先へ続いていきます。




 
 
 

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