

仏教教室シリーズ⑨六波羅蜜(布施波羅蜜)
これは毎月の満月写経で行う10分仏教勉強講座の内容を保存したものです。生で聞きたい人は写経会にご参加ください。お待ちしています。 前回は縁起(えんぎ)をテーマにしました。八正道(はっしょうどう)の後に縁起を学んだのは、もちろん真理(しんり)であることもありますが、ここから先は縁起を頭に入れておいて、その真理に基づいて仏教の教えが説かれていることをわかって欲しいからです。 さて、既に学びました八正道ですが、人が幸せに向かって生きるための生き方を具体的に説いています。そして、その向かう先には悟りがあります。しかしながら、その悟りは限定的なものだと言われます。なぜならば、八正道は常に「自分」が何をするということが教えになっており、「自利(じり)の修行」とされ、到達する悟りは阿羅漢(あらかん)のものだと言われます。 私たちが目指すべきなのは「仏」の悟りです。そこには「利他(りた)」の修行が必要なのです。 利他の修行、そこには勤めるべき「善」が説かれています。無数にある善の中で、「何をしたらいいの?」と悩んでしまいます。そこでお釈迦様は「これをすればいいよ


仏教教室シリーズ⑧縁起
これは毎月の満月写経で行う10分仏教勉強講座の内容を保存したものです。生で聞きたい人は写経会にご参加ください。お待ちしています。 今日の学びは「縁起」です。 縁起には、「良い」「悪い」があると思いますか。 真言宗の中でも醍醐派に縁があったので山伏になりました 日本語としては、確かにそのような使い方があります。しかし、仏教語としての「縁起」には、良いも悪いもありません。それは、これからお話しする内容をお聞きいただければ分かると思います。 「因縁生起」という言葉も同じ意味を表しますが、その中の「縁」と「起」を合わせて、仏教の根本真理として「縁起」といいます。 では、それは何かというと、 因 → 直接的な要因(例:種) 縁 → 間接的な要因(例:土、水、太陽) 果 → そこに現れる結果(例:実る果実) このように表すことができます。 例えば、私自身のことを例に挙げると、36歳のときに「良いお坊さんになりたい」と決意しました。これを「発心」といいますが、これが「因」という種だとします。しかし、それだけではお坊さんにはなれません。 醍醐寺伝法学院という土に


仏教教室シリーズ⑦八正道(3)
これは毎月の満月写経で行う10分仏教勉強講座の内容を保存したものです。生で聞きたい人は写経会にご参加ください。お待ちしています。 今日の仏教教室は八つある八正道も最後の二つとなりました。今までの6つは憶えていますか?(無反応) この無反応は「記憶にございません。」ですね! おさらいしましょう。 (ホワイトボードに書き書き) 1.正見(正しく見る) 偏見や思い込みで物事を見るのが、あたりまえになっているのが人です。皆さんは、外国人がいたら、ニュースで聞いたことを鵜呑みにして先入観をもって見ていませんか?昨日、刑務所を出てきた人がいたら、イコール悪い人だと思いませんか?高学歴や有名な会社に勤めていれば、優秀な人だと思い込んでいませんか? どれもこれも、実際に自分の目で確かめていないのに、偏って思い込んで事実を見ていませんね。ちゃんと自分の偏見のない目で見る、これが八正道の最初にくる正見です。 2.正思惟(正しく考える) 人には三毒が必ず備わっています。貪瞋痴の三毒は生まれたときに既に持っているものです。貪は欲しがる心です。欲と言われるものですが、何で











































