top of page
検索

火渡り修行、最後まで頑張りました。

4月29日の火渡り修行は本当にお疲れ様でした。

僧侶10名、梵天衆(当日の在家修行者)25名、受付や裏方25名の総員60名の修行者によって火渡り修行というお祭りが成満できました。

1週間以上前から当日夜の直会(打ち上げ宴会)まで本当に長時間にわたって、お寺の行事を多くの人の力を合わせて、楽しくも、必死に、時にはドキドキして、クタクタになるまで頑張って一つの行事ができることを嬉しく思います。

そして、それが終わった次の朝、関係者の着た装束が山のようにお寺の廊下に積みあがってます。以前は和尚さんと寺務長の二人で洗濯していましたが、今では最後まで修行してくれる篤信の人たちが翌朝もお寺に来てくれます。装束や法被は色落ちしたり破れたりしたら困りますので、「着る物なんでも柔らか仕上げ~♪」みたいな洗剤を使ってみんなで丁寧に手洗い、地下足袋もゴシゴシとタワシでして人目も気にせず本堂前の特設の物干し会場にて干します。

なんでも洗濯機や乾燥機に頼ってしまう現代ですが、手洗いが凄いのです。生地が傷まないし、縫製された所も無事です。色も10年使っても色落ちしないのは努力のおかげです。お寺のものは多くの方の御奉納で納められたものばかり、だから、一つひとつを大切にしていきたい。お寺の奉納された一つ一つのものには奉納してくれた人の名前が記載されていて、すでに他界した人もいたりして、その名前を見ると顔を思い出したりします。

95歳になる信徒さんが、「残るものだから、みんなでやるべー」ってよく言ってました。お寺のものは先々まで残っていくものだから、みんなで協力して買おう、とか、作ろう、とか、そんな意味なのですが、お寺としては、そんな信徒さんたちの気持ちに応えるようにしていきたい。だから、装束一枚にしても手洗いをしたい。そして、手洗いをしてくれる現代の信徒さんにも、そんな昔の信徒さんが残してくれた一つ一つに込められた心を感じて欲しいなと思う。

こうやって、あの時やその時や今を紡いで未来という糸になって、人の思いが重なり布を織りなす、なんて、中島みゆきのパクリです。

お寺はお坊さんのものではない。これは和尚が常々言っている言葉です。そこに信心という思いを寄せる人のものです。だから、こうやって最後までお寺の行事を己のものとしてやる人は本当の修行者なのだと思います。そして大いなる徳を積んでいますね。

本当にお疲れさまでした。


日本一の素敵な寺を目指す神崎寺。

次なる挑戦、古民家宿坊にもご協力お願いします。

クラウドファンディング挑戦中です。ご支援お願いいたします。


閲覧数:39回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page